ペネトロンを細菌の遺伝子発現抑制技術に応用する

 

  微細針状物質と細菌細胞をハイドロゲルの摩擦場に曝露させると、両者は衝突し、穿刺中間体(ペネトロン)が形成され る。ペネトロンは外来DNAを容易に取込むという性質があることより、微細針状物質と滑り摩擦を用いた遺伝子導入法が導かれた(摩擦形質転換 tribos transformation)。
 本研究はアンチセンスオリゴヌクレオチドDNAを吸着させた微細針状物質(α-セピオライト)と寒天ゲルの滑り摩擦によってペネトロンを形成させ、ペネトロンを遺伝子発現抑制技術に応用できるか検討したものである。


  アンチセンスDNAはターゲット遺伝子の翻訳開始部位周辺の塩基配列を基にして15merと90merのオリゴヌクレオチドDNAとして人工合成した 。ターゲット遺伝子とアンチセンスDNAの塩基配列はTable 1に示している。これらをα-セピオライトに吸着させ、2%寒天ゲル上にて、細菌細胞とともに60秒間滑り摩擦刺激を付与した。大腸菌のペネトロンにおけるβ-ラクタマーゼ 抑制はアンピシリンを含むLBプレートに形成されるコロニー数を比較し、β-ガラクトシダーゼ抑制は、常法に従って酵素活性を比較することにより評価し た。その結果アンチセンスDNA(90mer)が導入されたペネトロンから得られるアンピシリン耐性コロニー数は、対照の15%に抑制され、β-ガラクトシダーゼ 活性は対照の25%に抑制された。
 Pseudomonas pseudoalcaligenes KF707のペネトロンにおいては、ビフェニル代謝酵素の一つであるBphDをターゲットとしたアンチセンスDNA(15mer)を導入すると、BphDの発現が抑制され、環開裂黄色化合物 (2-hydroxy-6-oxo-6-phenylhexa-2,4-dienoic acid)の蓄積が対照のそれの194%に増大した。
 グラム陽性細菌Bacillus subtilisのペネトロンにおいて、胞子形成開始遺伝子であるSpo0AをターゲットとしたアンチセンスDNA(15mer)を導入すると、ペネトロンの胞子形成率は対照の24.4%に抑制された(図1)。
 これまで遺伝子導入が困難であった細菌種への人工アンチセンス法の適用が期待できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   図1 Bacillus subtilisのペネトロンの胞子形成率は18%付近であるが、Spo0A15およびSpo0A90を含むペネトロンの胞子形成率は2.1-3.0%に抑制された (A)。Spo0A遺伝子の発現はアンチセンスDNAの導入により阻害されるこをと示している。また胞子数を反映するジピコリン酸量もアンチセンスDNAの導入により減少している (B)。Spo0Aを標的とするアンチセンスDNAは90merより15merの方が効果的である。
 位相差顕微鏡で観察すると胞子は光って見える。アンチセンスDNAを含まないペネトロンからは胞子形成が確認されるが、Spo0A15およびSpo0A90を含むペネトロンの胞子形成は極端に弱い。