プラスミド不和合性の破れを利用したペネトロンの構造予想

 

 細菌細胞と微細針状物質からなるコロイド溶液をハイドロゲル界面の摩擦場に置くと、微細針状物質と細菌の融合体ペネトロンが形成される。この現象は発見者の名前にちなんでヨシダ効果と命名された。ペネトロンの興味深い性質として、核酸を吸着させた微細針状物質を用いると、ペネトロン内では核酸の授受がおこる。ペネトロンを細菌の細胞分裂に適した条件に置くと、娘細胞を放出するようになる。核酸がプラスミドDNAのような伝達性のあるものであれば、娘細胞に引き継がれることになるので、その瞬間に外来遺伝子による形質転換が成立する。ペネトロンを利用した細菌への外来遺伝子導入法を摩擦形質転換法という。

 プラスミドDNA間のある組み合わせでは、同一の細菌細胞内で安定に複製共存しないことが、かなり以前から知られていた。そのような二つのプラスミドを不和合性であるという。一般的には互いに近縁であるプラスミド、あるいは複製起点が同じであるプラスミドは同一の細菌細胞内で共存することはない。しかし一方で複製起点が同一であっても同一細胞内で共存可能な事実も報告されている。Hashimoto-Goto とTimmisは、ColE1またはpMB1グループのプラスミドが同一大腸菌細胞内で何世代にも渡って共存することを示した(1981)。またValappanらは同一複製起点を持つファージミドが同時に大腸菌内に導入され、細胞内で50世代に渡って安定に共存することを示した(2007)。このようなプラスミド不和合性という学説のほころびも報告されている。摩擦形質転換法によるプラスミドにおいても同様の現象を見出した。抗生物質耐性マーカーを異にするが複製起点が同一である不和合性グループのプラスミドが同時に大腸菌に導入され、同一細胞内で安定に共存する。このプラスミド不和合性の破れを利用すれば、ペネトロンの構造を予想することができる。

 pUC18、pHSG396およびpHSG298の複製起点はいずれもpMB1由来であるが、選択マーカーはそれぞれアンピシリン、クロラムフェニコール、カナマイシンと異なっている(表に示す)。これらのプラスミドを吸着させたクリソタイルと大腸菌からペネトロンを形成させ、娘細胞を放出させると、同一大腸菌内に2種または3種のプラスミドが導入され共存することが示された。特に抗生物質による選択圧をかけ続けると、これらの複製起点が同一であるプラスミドが安定に維持された(Fig. 1)。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 1 プラスミド不和合性の破れと多剤耐性大腸菌の作出 AC: アンピシリンとクロラムフェニコールを含むLBプレートにて生育する大腸菌はpUC18とpHSG396を安定的に保持し、プラスミド不和合性が破れていることを示している。pUC18 pHSG396それぞれ一種しか保持していない大腸菌は生育することはできない。CK:クロラムフェニコールとカナマイシンを含むLBプレートにて生育する大腸菌はpHSG396とpHSG298を安定的に保持している。AK: アンピシリンとカナマイシンを含むLBプレートにて生育する大腸菌はpUC18とpHSG298を安定的に保持している。ACK: アンピシリン、クロラムフェニコールおよびカナマイシンの三剤を含むLBプレートにて生育する大腸菌はpUC18、pHSG396およびpHSG298の三種を安定的に保持している。

 

 大腸菌がアンピシリンとカナマイシンの二剤耐性を獲得するには、ペネトロン内ではpUC18とpHSG298の両方を取込まなければならない。Fig. 2にプラスミド導入の概念図を示す。微細針状物質としてはクリソタイルを使用した。どちらか一方のプラスミドを獲得する比率に対して、両者を獲得する比率は6:1であった。大腸菌がアンピシリン、カナマイシン、クロラムフェニコールの三剤耐性を獲得するにはpUC18、pHSG396およびpHSG298の三種類のプラスミドを取込む必要がある。Fig. 3にプラスミド導入の概念図を示す。一種類のプラスミドを獲得する比率に対して、三種類のプラスミドを取込む比率は15:1であった。

 pUC18のみを吸着したクリソタイルとpHSG298のみを吸着したクリソタイルを別々に調製し、両者を混合してペネトロンを形成させた。大腸菌がアンピシリン、カナマイシン二剤耐性となるには、少なくともpUC18運搬クリソタイルとpHSG298運搬クリソタイルぞれぞれが大腸菌細胞と融合する必要がある。上記のように6:1の比率で二剤耐性大腸菌が得られるはずであるが、Fig. 4に示すように一剤耐性大腸菌は獲得できたが、二剤耐性大腸菌は獲得することができなかった。このことはプラスミドを獲得するペネトロンの構造は大腸菌細胞にクリソタイルが1:1で融合した構造であることを示している。細菌細胞一粒子とクリソタイル二粒子以上との融合は細胞破裂を導くか、娘細胞放出機能を消失するかのどちらかである。したがってヨシダ効果で生まれるペネトロンは細菌細胞一粒子と微細針状物質一粒子が融合した状態であると考えると反応場をうまく説明できる。

 

 

 

 

 

 

Fig. 2 クリソタイルと大腸菌から形成されるペネトロンの概念図 pUC18とpHSG298は分子数を揃えてクリソタイルに吸着させておく。数字はペネトロンから放出された抗生物質耐性となった娘細胞の比率を示す。

 

 

 

Fig. 3 クリソタイルと大腸菌から形成されるペネトロンの概念図 pUC18、pHSG298、pHSG396は分子数を揃えてクリソタイルに吸着させておく。数字はペネトロンから放出された抗生物質耐性となった娘細胞の比率を示す。

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 4 クリソタイルと大腸菌から形成されるペネトロンの概念図 pUC18、pHSG298は分子数を揃えて別々にクリソタイル粒子に吸着させておく。数字はペネトロンから放出された抗生物質耐性となった娘細胞の比率を示す。二剤耐性大腸菌は得られない。

 

(参考文献)

Yoshida N (2009) Number of plasmids transported into Escherichia coli through the Yoshida effect and predicted structure of the penetration-intermediate. In: Asbestos: Risks, Environment and Impact (Antonio Soto and Gael Salazar ed.) p 37-55, Nova Science publishers, Hauppauge NY