ストロンチアナイトに石化するGeobacillus thermoglucosidasius NY05

 

 細菌のカルサイト形成機構とカルサイトの産業応用への道筋について、これまで多くの知見を得てきた。科学への最大の貢献は、好熱性細菌Geobacillus thermoglucosidasius NY05がカルサイト単結晶の形成を触媒することを初めて見出したこと。そして低級脂肪酸塩とカルシウムを含むハイドロゲルを足場にした明確かつ再現性のあるカルサイト単結晶の形成方法を確立させたことであろう。すなわちG. thermoglucosidasius NY05のバイオマスをハイドロゲルに直接付着させることにより、結晶形成を触媒させる方法に新規性がある。これまで炭素数4までの脂肪酸塩とカルシウムイオンからカルサイト単結晶が形成されることを確かめている。カルシウムを同族であるベリリウムまたはマグネシウムに置き換えるとG. thermoglucosidasius NY05は結晶形成を触媒することはできなかった。ところがストロンチウムに置き換えると、バイオマスは急激に石化してその強度を増強し、鉱物薄膜(mineralized thin film)に変化するのである。

 

鉱物薄膜の調製法

 G.thermoglucosidasius NY05をソイトン-カゼイン(SCD)寒天培地に植え付け、60℃、18時間培養すると旺盛な生育が認められる。ループにて新鮮なG. thermoglucosidasiusのバイオマス(湿重量にして10-20mg)を掻き取り、7mM塩化ストロンチウム、25mM酢酸ナトリウムを含む寒天ゲル(結晶形成ゲル, crystal forming gel)表面に直径約1cmの円形になるように付着させる。これを60℃にて72時間インキュベートする。

 

しだいに石化するGeobacillus thermoglucosidasiusNY05のコロニー

 結晶形成ゲル上に置いたバイオマスは細菌のコロニーであるので結晶形成ゲル上に置いた直後は、みずみずしいつやがある(Fig. 1A)。60℃にて7時間インキュベートすると、バイオマス中には写真に示すように、20-50 µmの形の整った球形の単結晶がいくつも出現する(Fig. 2)。時間経過とともにバイオマスの中の単結晶の数は増加し、互いに集まり癒着すると思われる。72時間後結晶形成ゲル上に置かれたバイオマスは鉱物の結晶に覆われそのままの形を保持してバイオマス全体が石化してしまう (Fig. 1B)。石化したバイオマスは強度を示すので、結晶形成ゲル表面から、容易にひきはがすことができる(Fig. 1C)。薄膜の厚さは20-50 µm程である。  バイオマス塊のすべては、堅い無機質の鉱物に置き換わっている。
 鉱物薄膜を100℃にて48時間インキュベートして乾燥させた後、ブンゼンバーナーにて燃焼させると、重量は84.8%に減少したので、鉱物薄膜の15.2%は有機物か揮発性の物質で構成されていると考えられる。おそらくG.thermoglucosidasius NY05の細胞や胞子が鉱物薄膜内に埋め込まれていると予想している。

 

 

 

 

 


Fig. 1A                                                            B                                                                     C

 

 

 

 

 


Fig. 2    G. thermoglucosidasiusのバイオマスの中に形成された単結晶の走査型電子顕微鏡写真
割れた結晶の中心部には核が明確に観察される。この核は内生胞子凝集体と考えられる。

 

鉱物薄膜のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)による元素解析

 EDX分析によれば、鉱物薄膜から得られたスペクトルは、純粋な炭酸ストロンチウムから得られたそれと非常によく似ていた (Fig. 3)。炭酸ストロンチウムのストロンチウム原子の割合を100とすると、鉱物薄膜のそれは94であり、6%(atm%) カルシウム原子を含んでいることがわかった。鉱物薄膜の酸素と炭素を除いた元素組成はストロンチウムであり、わずかなカルシウムを含んでいるといえる。ストロンチウムとカルシウムは同族であるので、元素のふるまいはよく似ている。結晶形成ゲル中にはカルシウムは含まれていないので、おそらく鉱物薄膜に含まれるカルシウムは好熱性細菌由来であると考えられる。


                                        

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 3    鉱物薄膜のEDXによる元素解析スペクトル
炭素と酸素の除いた元素組成の割合を円グラフに示す。炭酸ストロンチウムに含まれるストロンチウムは100であるのに対し、鉱物薄膜にはストロンチウムの他カルシウム6%が含まれる。

 

鉱物薄膜の粉末X線回折による解析

 鉱物薄膜を粉末状にし、X線回折にて分析してみると、鉱物薄膜のスペクトルは純粋な炭酸ストロンチムのそれに近かった(Fig. 4)。スペクトルの波形をICDD (international centre for diffraction data) データベースに照らし合わせると、薄膜は*ストロンチアナイトであることが判明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 4    炭酸ストロンチウム標準品と石化したG. thermoglucosidasius NY05の粉末X線回折スペクトル

 

カルシウムとストロンチウムが混在した鉱物

 カルシウムとストロンチウムを混在させたゲル上に形成される鉱物の元素組成を調べるため、塩化ストロンチウムと塩化カルシウムの比率を変えた結晶形成ゲル上に形成される鉱物をエネルギー分散型X線分析装置にて解析した。ストロンチウム7mMのみを含む結晶形成ゲル上ではカルシウム6%を含むストロンチアナイト薄膜が形成される。ゲル中にカルシウムとストロンチウムが混在すると、薄膜の形成は起こらず、粒形の鉱物が形成される。ゲル中のカルシウムの比率を漸次増やすと、鉱物中のカルシウムの割合も漸次増加した。ゲル中のカルシウム、ストロンチウム濃度がそれぞれ3mM、4mMのとき、鉱物中のカルシウム原子、ストロンチウム原子の比率はほぼ3:4になる。同様にカルシウム、ストロンチウム濃度がそれぞれ6mM、1mMのとき、鉱物中のカルシウム原子、ストロンチウム原子の比率はほぼ6:1になる。鉱物中のストロンチウムとカルシウムの比率は結晶形成ゲル中に含まれるストロンチウムとカルシウムの比率とほぼ一致する (Fig. 5)。一方カルシウム7mMのみを含むゲル中ではマグネシウムを6%含むマグネシウム-カルサイトが形成された。この鉱物は以前のエネルギー分散型X線分析装置による解析でもマグネシウムーカルサイトであることが明らかとなっている。

 エネルギー分散型X線分析装置による元素組成解析では、物質表面の元素組成を明らかにすることができるが、物質深部の元素組成を知ることはできない。そこでSrとCaを様々な割合で含む結晶形成ゲル上にて形成させた鉱物の元素組成をICP (Inductively Coupled Plasma) にて解析した。ゲル中のカルシウム、ストロンチウム濃度がそれぞれ7mM、6mMのとき、鉱物中のカルシウム原子、ストロンチウム原子の比率はほぼ7:6になった。またカルシウム、ストロンチウム濃度がそれぞれ7mM、10mMのとき、鉱物中のカルシウム原子、ストロンチウム原子の比率はほぼ7:10になった。エネルギー分散型X線分析装置による元素解析と同様に、ICPによる元素解析は、鉱物中のカルシウムとストロンチウムの割合は結晶形成ゲル中のカルシウム、ストロンチウムの割合とほぼ一致することを示した。これらの実験結果はストロンチアナイトからカルサイトへの移行は容易に起こりうることを示している。ストロンチウムとカルシウムの炭酸塩鉱物への組込まれ易さはストロンチウムとカルシウムの濃度比に反映すると考えられる。本結晶形成法に従えば、ストロンチアナイトとカルサイト間の中間的炭酸塩鉱物を容易に形成させることができる。

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 5    鉱物中のストロンチウムとカルシウム比は存分に変えることができる。

 

地球化学的に考えられること

 天然にはストロンチウムとカルシウムを様々な比率で含む炭酸鉱物はある。ストロンチウムは柔らかい銀白色の金属であり、地殻には平均で370ppm(0.037%)ほど存在している。地球深部には地熱があり地下数キロまでには60℃に達する環境は容易に見受けられる。ある研究グループは海底堆積物中の有機物が約10-60℃で熱分解され、酢酸に変化することを明らかにした。またある研究者は地球深部地下生物圏の存在を予想している。地球深部に見出されるacetogenic bacteriaは嫌気呼吸により酢酸を生成することが知られている。また60℃にて生育する好熱性酢酸発酵細菌も知られている。地球深部には酢酸など低級脂肪酸が存在することは明らかであろう。G.thermoglucosidasiusは地球深部(deep subsurface) 60℃にて、acetogenic bacteriaや好熱性酢酸菌が作る酢酸と地下水中のストロンチウムイオンに遭遇すると、ストロンチアナイトの形成を触媒するだろう。地球上にて産出されるストロンチアナイトの中にはG.thermoglucosidasius NY05のような好熱性細菌由来のストロンチアナイトが含まれるのかもしれない。

 


 *ストロンチアナイト (strontianite) は1787年に、スコットランドのアーガイルArgyllにあるStrontianという町に産出する白くて重い石から発見された。その後1808年にHumphry Davy卿がこの鉱物に含まれる元素をストロンチウムと命名した。ストロンチアナイトは炭酸塩鉱物の一種であり地球上では稀少である。セレスチンと並んでストロンチウム鉱石の一つである。